ラナがゴハンを食べ始めた。少しずつ元気になっているようだ。
 今日は犬のためにも一日のんびり口屋内で過ごそうかとも考えていたが、昼から翌日にかけてずうっと雨が続くとのこと。これ以上水位が増えると危険である。
 下るなら、今日。それも今しかない。
 ラナも回復傾向にあることから、ダウンリバーを決行することにした。
 今日下る川は四万十川。区間は土佐大正駅〜土佐昭和駅間である。
 四万十川といえば、一般的に穏やかな大河を連想するが、それは江川崎から下流の話であり、そこから上流はまるで違う顔をしている。なかでも大正にある「轟の瀬」、「二艘の瀬」などはとくに激しい瀬として知られている。

 8:15に口屋内を出て、9:00にゴール地点の土佐昭和駅に到着。川下りの後はいったん電車でスタート地点まで戻り、クルマを取りに行かなくてはならないので、駅の構内に入って時刻表をチェックする。14:00か15:00くらいに電車があればベストだと思っていたが、12:58の次は16:48までなかった。雨に降られるのは嫌だし、増水すると怖いので、なんとか12:58の電車に間に合わせたい。
 今日下るコースの地図上の距離をざっと見積もると約14kmあった。出発を10:00、到着が12:30までとすると…、ダウンリバーの時間は実質150分しかない。
 取るものもとりあえず、急いでスタート地点に向かい、9:54に梼原川との合流点から出発する。「轟の瀬」は駅からかなり歩かなくてはならないので、今回はパス。今回のコースで難所といえるのは「二艘の瀬」だけとなる。

 実はこのコースは5年前に一度下ったことがある。当時は大学の2回生で、初めての単独行であった。食料やらテントやら荷物を満載して江川崎まで3日かけて下った。なぜかシングルパドルで。初の単独行のうえ、下ったことのない川であり、ダッキーの経験もほとんどなかったことから不安でいっぱいだったし、実際、橋桁に張り付いたり、隠れ岩にスタックしたりかなり危なっかしい行程だったが、その分今でも印象に強く残っている。

 あの時は今回のコースを1日半かけて下った。今回は150分でやらなければならない。当時に比べて技量・経験ともに格段に上がっているとは思うが、今回は増水しているうえ(大正:0.6m)、犬連れであるために、不安でいっぱいなのは同じである。だが悩んでばかりだと電車が来てしまうので、急いで漕ぎ出す。ツーリングというよりはトレーニングに近いね。これでは…。

 四万十川は、先週末の台風のときは7mを越していた水量が0.6mまで下がっていたものの、まだ濁りは取れず、青みのかかったミルク色をしている。カヌイストのメッカというだけあって、四万十川にはどうしても清流を求めてしまうが今回は仕方がない。
 本流もたいがいであったが、支流の梼原川の濁りはもっとひどかった。あんな白濁した水が流れ込んでいる以上、しばらく本流の濁りは取れないだろう。ちなみに、梼原川の上流にある津賀ダムを見てきたが、ダムの上流と下流とでは水質がまるで違う。上流の水質は素晴らしかった。いつか、チャレンジしてみたい。
 話を戻して、今回のコースの特徴をいえば、水量が多いので瀬のパワーはあるが、グレード自体は大したことはない。一部を除けば、大体2級ぐらいだろう。川幅も広いので、いくらでもコース取りができる。ただ、水中に大岩が点在し、流れが複雑になっている箇所が多いため、流れが緩やかでも注意は必要である。

 始めから全速で漕ぐ。3週間後に北山川でダウンリバーの大会があるので、それにあわせた練習と思えばこういうのもありかなと思う。パドリングのフォームを意識しながら力いっぱい漕ぐ。犬はずっと寝ている。
 30分ほど漕ぎ、大きなカーブを回りきり、再び車道沿いに出ると「二双茶屋」が見えた。それに伴い、今回のメイン「二艘の瀬」らしき踊り狂う白波が遠くに見えた。
 あんな形だったっけ?
 5年前は右岸から回って下見したような気がするが、右岸はどう見ても下見できるような陸地がない。そのまま行こうかとも思ったが、念のため左岸の盛り上がった川原にフネを着け、下見をする。
 果たして、「二艘の瀬」であった。危ない、危ない。

 両岸の岩が堤防のように長い壁を作っており、そこで川幅が一気に狭まっている。これまでの瀞場で溜めていたパワーを一気に吐き出さんかのごとく、轟音を立てていた。
 難所は二箇所。
 ひとつは瀬が始まって間もないドロップ。落差が大きく、ホールもえげつないことになっている。ホールは左岸側ほど大きい。まあ、50%は沈するだろうなという感じ。
 もうひとつは、そこから40mほど下流にある巨大なストッパー。
 メインカレント上に熊のように立ちはだかっている。中央部は私の頭上からダッキーを丸々覆い被せる大きさになっている。これもまあ、50%は沈するなあと。

 問題は、瀬がここで終わりではないということである。
 瀬全体はざっと見積もって300mほど続いており、その後も断続的に続いている。とくに初めのホールで沈しようものなら、次の巨大ストッパーを食らったショックでフネやパドルを放してしまうかもしれない。そうなると、回収できる可能性は非常に低い。とくにフネを流失した場合、防水バッグに積んでいる貴重品もなくしてしまうため、何かと面倒である。そして、沈すると、死にはしないだろうが、犬も相当つらい思いをすることになる。
 だが、ポーテージはもったいない。実は、この二つの難所をかわして下るコースを見つけたのである。ただ、失敗も充分にありうるので、防水バッグと犬を左岸側の50mほど下流に置き、チャレンジすることにした。そこはまだ瀬の途中であり、巨大ストッパーも越えていない箇所である。本当は瀬の終わりに置いておきたかったのだが、右岸はいわずもがな、左岸側もこれ以上、下流を歩けなかったのである。

 下るコースは次のように考えた。
 まず、一番の難所、落ち込み&ホールでは、最もバックウォッシュの弱い右岸側を通る。右岸側に行き過ぎればスタックしてしまうが、右岸側には1箇所、1艇だけ通れる間隔でホールがないスペースがある。そこを狙う。
 続いて、二番の難所、巨大ストッパーは、事前に左岸のエディーに入ることで、避ける。左岸側の堤防のように続く岩は、巨大ストッパーの約10mほど前で切れており、その岩の裏にできたエディーに入ろうというのである。そして、エディーに入ればちょうど犬を繋いでおいた場所に出る、といった寸法である。
 いうなれば、チキンコースである。しかし、コース取りはかなり難しいと思う。
 一番の懸念事項は、右岸ベタでホールを避けた後、左岸側の最後の堤防岩の裏にエディーキャッチするために、相当流れの速い本流を横切ることができるかということであった。

 できないことも充分考えられる。その場合も想定してみた。
 まず、どうしても左岸に渡りきれない場合。この場合は、いっそ右岸側に入ってストッパーを避ける。これは簡単である。ただ、犬と荷物を回収できないので、瀬を下った後、瀬の上の瀞場まで戻って、左岸に泳いで渡って回収してまた右岸に泳いで渡ってフネまで歩いて戻る、といったことをしなければならない。
 ただ、そのタイムロスを考えると、おそらく電車の時間には間に合わなくなる。
 次に、左岸側に渡ったのはいいが、エディーに間に合わなかった場合。この場合も右岸に渡って、上記の場合と同じ行動を取ることになる。
 最後に、どっちにしようか中途半端に迷いながら渡ってしまった結果、本流ど真ん中でストッパーを越えなければならなくなった場合。これは最悪だが、一番ありうるような気がした。しかし、仮に沈しても、その後にえげつないホールはないし、単独なら簡単にリカバリーできる(はず)。その後、上記の場合と同じ行動を取る。

 ここまで考え、意を決してフネに乗り込む。ラナが遠くから不安そうに眺めているのが見えた。だが、瀬が近づくと、視界が狭まり、もう波しか見えなくなった。
 一番の難所、落ち込み&ホールに入る。
 ギリギリで避けるが、左岸側のバックウォッシュが思ったより強く、スターンが引き込まれそうになる。左にグラリときたのをリーンでなんとかこらえ、目いっぱいフォワードストローク。これで第一関門は突破。
 次は今回の最大のポイントとなる左岸へのフェリーグライド。
 水面は完全にホワイトウォーターで、流れも複雑でなかなか思ったようにコントロールできない。しかも今さらながら、今回使用しているパドルはワイルドウォーター用のカップ型パドルで、前漕ぎ以外のストロークはイマイチ効きが悪いのである。
 先に目をやるとストッパーがすぐそこまで迫っている。
 一瞬、諦めようとも思ったが、思い直して苦手な右スウィープを大きく一つ、あわせて左でローブレイス。
 これでフネが左を向いた。あとは何も考えず、フル漕ぎでひたすら前へ、前へ。ストッパーはもう目の前なのに、目印にしていた堤防の切れ目の岩がまだ見えない。やや焦りを感じていたところに、左手に小さなホールが見えた。切れ目の岩が作っているホールである。その後ろには待ちに待ったエディーが控えている。ややオーバーフローしていたので上流からは岩が見えなかったのである。
 ここで手を抜くとエディーラインを越えることができないので、目いっぱい漕いでラインを乗り越え、左でローブレイスをして回転。フネはエディーに入ってようやく動きを止めた。
 目の前の川原には犬と荷物。まさにイメージ通りのコース取りができた。ただそれだけのことなのに、なんだろう、とてつもない喜びがこみ上げてきて、声を上げて大はしゃぎしてしまった。

 さて、ここまでは良かったのだが、この二艘の瀬で下見と下準備で30分もタイムロスをしてしまった。まだ全行程の1/3ほどしか来ていないのに、残りはもう90分しかない。
 興奮冷め遣らぬまま、再び漕ぎ出した。あとはもう、時間との戦いである。とくに、ラスト60分は写真も撮らず、完全に漕ぎに集中。何度も諦めそうになりながらも、なんとか12:35に昭和小学校手前の船着場に到着することができた。
 12:58までもう、20分強しかない。ラナをダッキーに繋ぎ、着替える間もなく駅に向かう。
 駅に着いたのは、50分すぎ。ギリギリで間に合った。その後、大正駅まで戻り、クルマを取りに行く。それから再度ゴール地点の船着場に戻り、ラナをピックアップする。退屈だったのか、待っている間にダッキーのシート部分のヒモを半分噛みちぎっていた。

 その日の午後から雨が降り始め、翌日の四万十川は水位が再び2mを越えたため、川下りはできなくなった。その日も一日豪雨であったので、四万十川で遊ぶのは諦め、徳島の那賀川に向かったが、そこもミルクコーヒーの色をした濁流であった。どこも同じような状況だということで、明石海峡大橋を渡って大阪に帰ったので、結局、この四万十川が夏休み最後の川下りとなった。
 非常に慌しく、そして危険であったが、思い出に残る楽しい単独行であった。

難所「二艘の瀬」を下る!
河川名 区間 日付 当日のコンディション 河川データ(私の「川の通信簿」より)
水位 天気 激しさ 流れ 水質 景観 水量 タイプ
激流 清流 大河
四万十川 土佐大正〜土佐昭和 030813 0.6m(大正) 7 7 8 9 7 70 81 72
*評価項目についての詳細はこちら
轟の瀬(たぶん)。土佐大正駅からは距離がある
ので、時間の都合上、今回はパス。
江川崎以下と異なり、岩場が多いが、沈下橋も
随所にあり、四万十川らしい風情がある。
二艘の瀬前半部。ここで川幅が一気に狭まり、
急流になっている。大きな落ち込みが1箇所。
落ち込みの後も、両岸の岩が堤防のように壁を
作り、川幅を狭めている。流れは相当、速い。
落ち込みを左岸から見た写真。ここから一番奥
だけが唯一ホールのない場所だった。
落ち込みの40mほど後に控えるストッパー。頭を
覆うくらいの高さがあった。
お待たせしてすいませんでした。
車窓から見た二艘の瀬。数百メートル真っ白。
二艘の瀬から後は、のんびりとはいかなかった
が、落ち着いて漕げた。
堤防岩群の切れ目。手前が目的地のエディー。
このすぐ下流側に巨大ストッパーがある。
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