ツーリングレポート(覚え書き)
<<前のページ | 次のページ>>
2004年12月12日(日)
80 傘寿(櫛田川4)

水位:-0.15m(田引) 気温:13℃(粥見) 天気:晴れ
区間:野々口沈下橋〜向粥見 メンバー:ソロ

 凛とした寒さ。
 暖冬とはいえさすがに12月。しかも三重の山中。干していたPFDがパリパリに凍っていました。
 朝7時の気温は2℃。かじかんで動かない手で、昨日再び故障者リスト入りしたリンクスを応急処置。ジグザグ縫いでは再発必至なので、生地が裂けないように縫い方を工夫してみました。具体的には、縫い始めと終わりを外側に持ってきて、裂け目を塞ぐ糸は生地の裏側を通るようにしました。これなら擦り切れて糸が切れるといったことは防げそうです。ただ、非常に手間を要するので、処置は一箇所だけに留めました。
 今日のコースは、沈下橋から下。昨日の続きです。
 発電放水分?増水していますが、水量は相変わらずギリギリです。ちなみに、この辺りから川相が変化して、川幅が広がり、奈良吉野っぽくなります。瀬のグレードもこの水量なら同じくらいですかね。
 10時を過ぎると、気温が一気に10℃近くまで上昇。一面の青空。小春日和の暖かさに包まれて、とても気持ちがいいです。野鴨が数十羽群れていて、漕ぎ寄っては飛び離れ、漕ぎ寄っては飛び離れるということを繰り返していましたが、ラナは終始気になってしょうがないみたいでした。
 このコースも10回は擦りましたかねえ。でも昨日よりはマシという印象。リンクスの腹は何とか持ちこたえてくれました。

2004年12月11日(土)
79 久々の単独行(櫛田川3)

水位:-0.14m(田引) 気温:16℃(粥見) 天気:晴れ
区間:赤桶堰堤〜野々口沈下橋 メンバー:ソロ

 先週は奈良吉野に行っていましたが、ダム放水のサイレンに騙され、結局下れず。おかげで一週間空いてしまいました。ちなみに、「騙され」と表現したのは、間もなくダムの放水が到達して増水する旨を伝えるサイレンが鳴り響いていたにもかかわらず、水位が減りこそすれ、全く上がらなかったからです。
 それはさておき、今日は一人で櫛田川へ。途中、蓮川との出合いになる森公園で休憩。蓮川は先月と比べて随分透明度を取り戻していましたが、まだ少し濁っているかなあという印象でした。例の滝は随分大人しくなってましたが、浅いので違う意味で怖い。
 さらに下流へ。正午に赤桶堰堤に到着。道の駅飯高にクルマを停め、ラナを連れてチャリで回送。左岸沿いに礫石の縁起を説いた看板があったので眺めたりと、ぶらぶら寄り道しながらだったので、出発が14時までずれこんでしまいました。
 堰堤下は笹濁り。底には少し泥が溜まってます。ですが、流れ込みで稀釈されることによるものなのか、自浄力によるものか、それとも両方なのか。下っていくにしたがって、どんどんキレイになっていきます。ゴールに設定した野々口沈下橋あたりになると、絶品レベルかな。この沈下橋の直下に発電放水らしき放水路がありますが、ここから流れる水もなぜかキレイ。
 ただ、惜しむらくは水量の少なさでしょうか。底を10回は擦りましたかね。この水位(田引-0.14m)では、DRはちょっとツライようです。リンクスの腹、以前に糸でジグザグに縫っていた箇所ですが、糸は切れていなかったものの、糸が引っ張られたことでリンクスの生地が破れてしまい、糸を通した穴と穴が繋がってしまってました。リンクスの生地って、横には強いけど、縦には弱いみたいですね。果たして、再び故障者リスト入りとなりました。

2004年11月28日(日)
78 静寂(奈良吉野川13)

水位:1.00m(五條) 気温:16℃(五條) 天気:曇り時々晴れ
区間:梁瀬橋〜天理教下 メンバー:後輩1号

 進路を南方に取り、奈良吉野へ。天気は昨日と同じく薄曇りですが、違うのは周囲に誰もいなかったこと。スタート地点付近、昔、ゲートボール場のあった広大な草むらを、ラナが自由気ままに駆け巡ってます。
 この界隈は植生上、杉が多く、色づいているものがあっても黄色が強い色づき方で、嵯峨嵐山とは比べるまでもないのですが、静かで落ち着くのがいい。昨日が騒がしかっただけに、今日はとくに強く感じられます。
 ゴールに設定した天理教教会下より、スタート地点までの約5kmを歩いて回送。芝崎にある小さな酒屋で缶ビールを購入し、ほろ酔い気分で歩きながら、約1時間かかって到着。
 台風の影響で常時増水気味であった川はすっかり落ち着きを取り戻し、平水レベルになっていました。濁りも大分取れていましたが、ベストにはまだ時間がかかりそうです。少し気になったのは、底のヘドロ。底に沈む岩はどれも泥だらけで、とくに瀞場は少し臭いました。
 出艇時間が遅かったこともあり、周囲は完全に無人のダウンリバーでした。息つく間もなく大勢を乗せた遊船が下る昨日の保津川とは180℃趣きが異なりますね。晩秋の風は肌寒く、天気も薄曇りで、陽も傾いてます。こういうシチュエーションでは物悲しささえ漂いますが、気持ちが落ち着くので個人的には好きですね。
 来月は師走。いよいよ年の暮れとなります。何かとっても忙しくなりそうな予感がしますが、川では変わらずのんびりとマイペースでいたいものです。

2004年11月27日(土)
77 雑踏(保津川4)

水位:0.43m(保津峡) 気温:14℃(京都) 天気:曇り時々晴れ
区間:馬堀〜渡月橋 メンバー:後輩1号

 「喜寿」を迎えました。
 去年の川への訪問回数は52回で「知命」クラスだったんですが、気が付けば「耳順」を越え、「従心」を越え、年齢ならもういつ死んでも惜しくないクラスまで達していました。うーん、今年は思い切って、「米寿」まで狙ってみますかね?

 さて、今日は二週間ぶりに保津川へ。嵐山の紅葉はまさに今が見頃になっているためです。
 前回、回送時に馬堀〜保津峡間の悪路で非常に怖い思いをしたため、今回は回送ルートを国道9号線に設定しました。すると、保津峡に行くためにはさらに下流の嵐山を経由するため、ゴールは保津峡ではなく、観光地で有名な嵐山は渡月橋に設定。保津峡より下流はかつてラフトで一度だけ下ったことがありまして、何となく覚えていたので、まあコース的には問題ないだろうと判断。ちなみに、下ったのは3年ほど前ですが、下った理由は死体捜索だったりします。
 今回のメンバーは後輩1号さん。彼女、ここに来る際に諸般の事情でコンタクトを失ってしまったらしく、視力0.0いくらという裸眼での参加。全然見えません〜って、紅葉狩りなのに…。両眼1.5の私には決して分かりえない世界ですが、0.1を切るって、どんな風に見えるんでしょうかね?
 回送にかかった時間は約90分で、出発は正午頃。実は私、嵐山を歩くのって約20年ぶりで、何があるのか全然知らないんですよね。駐車場の位置さえ知らないので、天龍寺に停めようとして満車だったため、さらに徒歩15分ほど北にある清涼寺に停めました。JR嵯峨嵐山駅までの道程を、クルマも人も異様に多いな〜 って、そのときは漠然と思いながら歩いていたのですが、これが後で後悔する羽目になります。
 水量は、先々週と同じく多め。水質は、保津にしてはかなりいい状態。やや臭いと感じるのはしょうがないですね。
 後輩1号さんは、保津は2年ぶりで、カヌーで下るのは初めてとのこと。小鮎の滝やタクローの瀬(大高瀬)に大きな瀬というイメージを持っていたようでしたが、実際下ってみると何ともない、むしろ楽しいウォータースライダーのように感じられたようでした。先月のWWFで大増水(稲成100cm!)の長良川を下り、そして沈して流された際に、どこかのネジが外れてしまったんでしょうか(笑)。と、楽しげに下っているのもつかの間、タクローの下の瀬でラップ。フネが岩に張り付いて剥がれなくなってしまいました。コンタクトなかったせいで、岩がきっと見えなかったんでしょう。ご愛嬌。
 その後は何事もなく、景色を堪能しながら保津峡を縫うように下ってゆきます。紅葉はちょうど見頃で、川から山頂へかけて次第に紅、黄、緑へと変化しているところもあれば、山全体が橙色に色づいているところもあり、えもいわれぬ山容でした。
 ただ、遊船がひっきりなしに下るので、どうにも落ち着きません。少し漕ぐ手を休めるとすぐに後ろから迫ってくるので、常時煽られているような気分になります。なもんで、かなりのハイペースで下ることになり、嵐山までたったの2時間で着いてしまいました。
 嵐山温泉下まで着くと、カップルのボートがちらほら。渡月橋が見えるところまで下ると、堰堤間際の静水域はボートだらけで、渡月橋周辺はバカみたいに人がうようよ。こんなに多いとは予想外でした。否、回送時点で気付くべきでした。
 早く着替えたいのに、着替えるにも場所がない。雑踏の中、ドライ姿のまんまでメイン通りを北上してクルマを取りに行き、フネを回収するまでに何と2時間もかかってしまいました。
 可哀想だったのはラナ。こんな状況下で歩いたことがなかったためか、パニックに陥ってしまい、歩くことを拒否して、だっこ、だっことせがむ始末。しゃあないので抱きかかえてやりましたが、27sを運ぶ体力は私にはなく、1分も経たないうちに即挫折。あやしながら何とか連れて行きましたが、喫茶店前にある噴水に飛び込んだりと、なかなか人目につく行動をしてくれたおかげで大変でした。ちなみに後輩1号さんは、幸か不幸か周りが見えなかったおかげであまり気にならなかったようです。

 <今回の教訓>
 ・紅葉時の嵐山には近付かない。
 ・ラナは人間は好きだが人ごみは嫌い。

2004年11月21日(日)
76 復旧(長良川17)

水位:0.42m(稲成) 気温:13℃(八幡) 天気:晴れ
区間:講話橋〜ふれあい メンバー:Tetsuさん、大王

 未明、3時頃目覚め。頭痛と吐き気と腹痛で、明け方までほとんど眠れず。3回ほど吐きましたが、最後の吐瀉物は胃液でした。そんなに飲んだ覚えはないんですけど(焼酎瓶半分くらい)、昨晩のキノコが原因でしょうか。そんなこんなで一晩車内で悶絶してましたが、胃腸のものすべて出し尽くしてからはマシになり、7時くらいになってようやく快復。
 他の人は大丈夫だったのだろうかと外のテントに様子窺いに行くと、大王さんが11月というのにシュラフもなしにイビキを掻いて寝ていました。やっぱりこの人はスケールが違うなあ。Tetsuさんもイビキ掻いて寝てましたが、両者ともどうやらまったく大丈夫のようです。
 体調が芳しくなかったこともあって、昨日のような水風呂はもうご勘弁ということで、午前中はリンクスの復旧作業に従事しました。
 今月3日(72回目)の蓮川での川下り時に船腹に横約50センチ、縦約150センチほどのカギ裂きを作ってしまい、防水テープのような応急処置ではどうにもならなくなっていたため、思い切って縫合手術を行うことにしました。60分もあれば終わるかなあと漠然と考え、9時から取り掛かったのですが、終わったのは12時半。ノンストップで実に3時間半に及ぶ大手術でした。何のことはない、大雑把なジグザグ縫いなのですが。
 これまではカギ裂き部分に防水テープを貼り付けるだけの応急処置で、2、3回漕ぐと剥がれてしまっていたのですが、今回は糸が切れない限り、メンテナンスはフリーとなりそうです。ただし、一本でも糸が切れるとそこから再び傷口が開いてしまうという致命的な欠陥を有するため、底を擦ることに関してはファルトばりに気を遣うことになりそうです。そういう点では、糸が切れるのを防げる何かしらの工夫が+αで必要ですね。
 以上のような作業で午前中は費やされてしまったため、スタートは14時ごろになりそうだったので、ダウンリバーの区間は、講和橋からふれあいまでのショートコースに変更。
 講話橋手前の、台風が運んできた土砂で大いに盛り上がった砂浜で各自セットアップしていると、Tetsuさんの愛艇・渡り鳥のパンクが直りきっていなかったことが判明。結局、昨日の私のように大王さんとアキレス艇で相乗りして下ることになりました。ちなみに、この二人にラナが加わると約0.2tという重さになります(笑)。
 私は不死鳥の如く蘇ったリンクスにラナと乗艇。こうやって乗るの、およそ20日ぶりですかね。軽くて、コントロールしやすくて、やっぱりこのフネがいいやとしみじみと感慨にふけるのでした。おかげさまで、昨日のようにずぶ濡れになって寒い思いをすることなく、終始快適に下れました。
 Tetsuさんのほうは、重い二人艇である上にサンショウウオのような動きを持ったアキレス艇に対して、思うようにコントロールできない上に何回か沈しそうになっていたようですが、それはそれでスリルがあって楽しんでらしたようです。
 ところで、このコースで大きく変わっているなあと感じたのは、ネコタチ下の瀬。ネコタチが終わって、右にカーブする際に流れが左岸側の岩に乗り上げて落ち込むという新しい瀬ができており、その下も、かつて流れの真ん中にあった岩による落ち込みがなくなっていて、全く違う様相の瀬になっていました。区間全体のグレードとしては以前と同じくらいでしょうか。
 川の周辺でいえば、右岸側の道路が円空の瀬あたりから通行止め。高砂のふれあい広場に至っては、グランドの土がごっそり持っていかれていて、ギリシャの遺跡のような岩だらけの変わり果てた姿となっていました。こちらの復旧のメドは全く見えないですね…。

2004年11月20日(土)
75 忘年会(長良川16)

水位:0.43m(稲成) 気温:16℃(八幡) 天気:晴れ
区間:吉田川出合い〜相戸堰堤
メンバー:Tetsuさん、大王、カイチョー

 探検部時代の先輩・大王と同乗して現地へ向かうため、集合は朝6時に枚方に設定。この方、もうスグ三十路を迎える社会人のくせに時間を守った例がなく、6時になった時点で念のため電話すると、果たして「今 起きた〜」と。やっぱり…。
 出発できたのは、結局7時半でした。
 行き先は、WWF以来の長良川。現地での集合時間は10時。下道で行こうと思ってたのに、高速使わないと間に合わなさそうです。折半しても、むしろこっちのほうが金かかりそうで、同乗する意味ねーじゃん、と憤らないでもなかったのですが、憎めない方ですし、晩メシ奢ってもらうということで怒りの矛を収めました。
 大垣ICから下道で走り、到着したのは結局10時20分頃。カイチョー、Tetsuさんは既に到着済み。待たせてしまってすいませんでした。
 下る区間は、吉田川との出合いから相戸の堰堤までを設定。いわゆる旧八幡町内を縦断するコースです。長良川といえば台風23号によって氾濫し、流域は甚大な被害を蒙ったのですが、その際多量の土砂が流れ込んだようで、随分流れが変わってしまったとのこと。初めて下るつもりで、気を付ける必要があります。
 愛艇リンクスはといえば、相変わらず開腹したままの瀕死の状態だったので、アキレス艇に大王さんと相乗りで下ることにしました。体重は、私が65kgでラナが27kg, 大王さんが90kg(自称)で合計182kg。アキレスKXS-375にはちょっと辛かったようで、かなり喫水が深くなっています。ちなみに余談ですが、KXS-375を始めとするアキレスのダッキー群、カタログ落ちしてますね。オカモト同様、撤退してしまったんでしょうか? アキレスがスポンサーの北山川ラフティング大会でも、毎年3位までアキレスのダッキー貰えてたのに、今年は1位のみで、しかもAIREのフネでしたし。
 話を戻して、本日の水位は平水レベルで、水はものすごく澄んでます。天気も良く、コンディションとしては最高ですね。
 正午過ぎに出発。スタート直後の難所(だった)しょっぱなの瀬ですが、浅すぎて下れなくなっていました。流れが川幅いっぱいに広がってしまって全体的に浅くなり、メリハリがなくなるという川相は稲成橋まで続き、我らがアキレス艇は、その剛性のなさをフルに活かし、岩だらけの浅い箇所でも形を変えながらヌルリと滑るように下っていきます。それをキングピンから眺めるカイチョー曰く、「サンショウウオみたい」と。
 フロアは過積載のため水風呂のようになっており、晩秋の川の水が容赦なく体を冷やし、靴下履いているにもかかわらず、足の感覚がなくなってきました。ちなみに大王さんも寒がってましたが、上は木綿のTシャツ一枚という真夏の格好でした。やっぱりこの人はスケールが違いますなあ。
 その後は、道路が崩壊していたり、護岸のコンクリが剥がされていたりと台風の爪痕を感じさせる箇所が幾つか見られましたが、流れの変化という点では、印象に残るようなところは少なかったように思います。変わったなと明らかに感じたのは、オーナーばりの瀬とタチタチの瀬。前者は、左岸側に新たな流れが作られていて、その分本流に水が集まらず、グレードダウン。最初の落ち込みの下にできるプレイスポットも消滅していました。後者は、右岸側に当たり、左に落ちる際にキーパーホールを作る流れができており、少しだけ難度が上がっているなあという印象。
 終了は15時。子宝の湯で冷えた体を解凍し、美濃橋下で少し早めの忘年会を開きました。Tetsuさんがスモークセットを持参しており、 生ハム、チーズ、卵の燻製と合わせて、焚き火代わりに炭を燃やし、その上でシイタケ、ブナタケ、シメジ、マイタケ、ナメコなどキノコ盛りだくさんのキムチ鍋を美味しくいただきました。
 あと、余談ですが、19日を以ってラナは満2歳の誕生日を迎えました。おめでとう〜。

2004年11月13日(土)
74 プチ紅葉(保津川3)

水位:0.51m(保津峡) 気温:13℃(京都) 天気:曇り
区間:馬堀〜保津峡 メンバー:ソロ

 目覚めたけど、布団にいるのが気持ちよくて、全然出る気がしません。今朝は随分冷え込んでいます。
 つけっぱなしのラジオからは、globeの曲が延々と流れていました。何でも結成10周年のツアーを始めるそうな。別に好きでも何でもないのですが、globeといえば確か浪人時代によくかかっていた曲だったから、えっ、もう10年経ってんの? と戸惑い、年取ったなあ、と朝から憂鬱な気分。
 布団に入ったままPCを立ち上げ、メールをチェックすると、先日蓮川で割れたパドルの修理依頼をかけていたショップから返信があったのですが、パーツとしてブレードだけ取り寄せることはできないとのこと。すなわち修復不可ということで、メランコリー度数はさらに上昇。
 とはいえ、このまま寝ていてももったいないし、ラナが暴れるので、ひとまず起床。晩から探検部のOB会に参加する予定だったので、近場の保津川へ向かうことにしました。
 保津川といえば、家から1時間で着いてしまうという、アクセス面で非常に恵まれた川なのですが、あまり足を運ばないのは、水が汚いことと、川沿いの道が悪路なため回送がシンドイこと、主にこの二点が理由になってます。ですが、保津峡と呼ばれる嵯峨野の峡谷はなかなかの景観で、しかも今は紅葉が始まった時期でもあって、その点ではかなり魅力的。また、つい先日、台風23号・トカゲ氏による落石で小鮎の滝が塞がれていたらしいのですが、発破を掛けられなくなったようで、その様子窺いに行ってみたかったというのもあります (関連記事)。
 というわけで、9時過ぎに馬堀の川原に到着。遊船はひっきりなしに通っていて、随分賑わっていました。水位も+50cmほど上昇していて、懸念していた臭いもなし。晩秋を感じさせる肌寒さがちょいとネックですが、なかなかのコンディションです。ちなみに、台風23号襲来時にはトロッコ亀岡駅まで水が来たという噂を耳にしましたけど、いやはや、想像できないですわ。
 回送は、左岸沿いの道を利用しましたが、各所で崩落の跡があり、被害の甚大さを物語っていました。てゆうか、ここ、通行止めになってて、左手は崩落した土砂が道路を塞いでいて、、右手は川へ落ちる崖となっているクルマ一台ギリギリの幅の箇所もあって、実際、川下るより危険です。轍が残っていたので、ムリヤリ突破してしまいましたが、復旧が済むまで9号から嵐山経由で回送したほうが無難でしょう。
 危ない思いしてなんとか保津峡駅まで辿り着き、電車で馬堀駅まで。ここからは、事前に置いておいたチャリに乗って川まで向かいます。回送中、ラナはフネに繋いでおいたのですが、チワワ連れのご老人にかわいがってもらっていました。
 さて、いよいよ出発ですが、あの悪路は二度と通りたくないのでスタート地点には荷物を残さないでおこうと思い直し、チャリも積み込んで出発しました。慣れないアキレス艇での川下りだし、増水しているし、台風の影響で流れが変わっているかもしれないので沈の可能性が高まっている上に、沈した際のリスクがかなり高くなるので迷ったんですけどね。
 実際、下ってみると、とくに気になるような形状の変化はなかったように思います。二又の瀬の終わりの右カーブの淵にあった大きな砂州がごっそりなくなっていたことくらいですかね。まあこれも増水していて見えなかっただけかも知れません。
 紅葉は、樹木の種類によるのでしょうが、既に鮮やかに色づいているものと、まだ黄色のものとが混じっていて、全体的には色づきはじめというところで、まだ見ごろには早いかなあという印象でした。
 ところで、紅葉とは別に気になったのが、ゴミの多さ。台風23号による大増水時に流されてきたビニール系のゴミが、あちこちで引っかかったまま残っていまして、せっかくの景観も台無しではないかと。まあ、良い方に見れば、七夕の短冊みたいに見えないことはないのですけれど。 

2004年11月6日(土)
73 家族(日高川1)

水位:1.01m(川辺) 気温:21℃(川辺) 天気:快晴
区間:瀧本橋〜ゆりの瀬 メンバー:会社のひと

 集合時間は10時半だったので6時半に枚方を発。いつまで経っても京都だけしか路線のない京奈和道を走って木津まで。そこからは下道を通り、24号沿いに和歌山まで向かいます。
 しかし、田原本〜橋本間が予想外に混んでて、和歌山まで3時間半もかかってしまいました。しゃあないので和歌山ICから高速に乗り、川辺ICまで。約25分で到着できましたが、料金は1890円もかかり、下道で苦労した割にはあんまし安くならなかったです。集合場所の「かわべ温泉きさくの湯」に到着したのは10時半きっかり。ギリギリセーフでした。
 ちなみに、ノンストップで運転していたのですが、腹が減ったので、前回キャンプで酒飲んだ時に余った貝ひも食べたら、気分が悪くなった上に顎が筋肉痛になってしまいました。

 ここは紀州・日高川。先日、一緒に下り、そしてクルマのキーを忘れてえらい目に遭わしてくれた会社の先輩が、今度はヨメと子供を連れて下りたいと言ってはったんですが、その子供がまだ1歳とのことなんで、危険の少ない穏やかな清流であるこの川を選んだというわけです。
 その他先輩1名を加え、総勢5人と1匹のツーリング。天気は、この上なく最高の秋晴れ。「天高く馬肥ゆる秋」ですね。空は澄み切ってとてもキレイなんですが、あいにく川のほうは前回のトカゲの影響の残滓か、笹濁りでした。が、水量は平水レベルで、下っても問題ないとの判断で決行。
 私のアキレス二人艇に会社の先輩とその妻子、私はその先輩が普段乗っているZEBEC一人艇にラナと乗り込みました。
 1歳のコースケは今回が川デビュー。物心つく前にカヌーできるなんて羨ましいですなあ。そのコースケですが、ゆりかご気分で居心地がよかったのか、下り始めてまもなく眠ってしまいました。最後のゆりの瀬でも結局起きることはなく、この男、将来大物になる予感がします。家族3人で下る様はとても素敵な光景で、憧憬してしまいますね。ま、ガラじゃあないんですけど。
 ところで、この時期の紀州の川は、ヤナが設けられていて、またこれが間に合わんものばかりで、いずれもカヌーが通れる隙間を設けていないものばかりだったので、その都度ポーテージしなければならないのが若干面倒でした。しかしこの川、大きな瀬はないのですが、流れが一定してあるんで、意外に楽に漕げます。
 出発して約2時間後に到着。事前に買出ししておいたお惣菜を食べ、「きさくの湯」に浸かり、解散。
 帰りはオール下道にチャレンジ。有田川流れる金屋から貴志川沿いに北上し、紀ノ川沿いに東進、橋本から河内長野に抜けて外環、というルートで4時間半でした。

2004年11月3日(水)
72 厄日(蓮川2)

水位:0.28m(田引) 気温:20℃(粥見) 天気:晴れ
区間:蓮ダム下〜櫛田川出合い
メンバー:KROさん、Tetsuさん、後輩1号

 人生、たまにはこういう日もあるんだなあと。
 この日訪れた蓮川(8/29・56回目に下ったのと違い、この日はダム下コース)は、台風などの影響でカフェオレカラーになっていて、透明度ゼロ。初めて下るコースなので、慎重にいくべきところなのですが、蓮ダム放水量が9tあったので、まあこれだけ水量があれば問題なく下れるだろうと判断。後輩1号さんとラナをリンクスに乗せて下り始めてまもなく、写真を撮っているうちに、スタックしてしまったのですね。右のバックストロークで、いつもの調子でフネを乗り上げた岩から外そうとした瞬間、乾いた音。去年の夏、北山の大会用に購入して以降、愛用していたカップ型パドル・SpeedWingがブレードの根元からバキッと折れてしまいました。あまりにあっけない最期。
 失意のうち、以前カイチョーと長良川を下ったときにやったようにシングルパドルとして使って下りましたが、新塩ヶ瀬橋の手前の小さな瀬でのこと。隠れ岩で底を擦ったのですが、この擦ったときの感覚に、何か引っかかる、イヤーなものを感じました。それでも流れの勢いに任せ、岩を乗り越えたのですが、下流から見ると、なんと鉄杭が出ているではないですか。不幸中の幸い、パンクはしていないようだったので、そのまましばらく漕ぎ進め、塩ヶ瀬橋を過ぎて、唐谷川との出合いでいったんフネを停め、フネを裏返してフロアを確認しましたが、果たして、テープで補修した箇所が破れ、後ろ半分が完全に引き裂かれてしまっていました。ここまで破損がひどいと、テープでだましだまし補修するというのはもう無理で、縫うか、もしくは引退…しかなさそうです。
 そして、その下の堰堤では、越える際、ラナを乗せたままフネを流してしまいました。しかも、こういうときに限って、PFD を忘れてたりしてますし。リンクスが、横を向いたまま、バックウォッシュとつり合う形でフェーズ沿いに滑るように流れていきます。すぐさま堰堤の上沿いに走り(浅かったので走れました)、飛び込んでフネを掴み、救出。不幸中の幸い、バックウォッシュは大きくないので洗濯機状態にならずに済みましたが、血の気が引く思いでした。
 この時点で大分疲れてしまったのですが、まだ、残り半分近くあります。フネが底擦りNGなので、後輩1号さんとパドルを交換してもらい、鬼のボートコントロール力で隠れ岩をかわしながら下ります。途中、隙間ギリギリの沈下橋をのけぞるようにしてくぐり、やがて櫛田川との出合いに到達。
 美しい。心まで洗われるような流れですが、本流にもかかわらず、支流蓮川に対して圧倒的に水量が少なく、出合い後も相変わらず泥の川のままでした。
 ちなみに、川下り後に昼食を摂った某食堂のご主人がこんなことを言っていました。
 「汚いやろ。ダムがドロをわざと吐き出してるんや。ああなると もう、魚がダメじゃ」
 「ダムができる前はこんなんじゃあなかった。もっとキレイ
 やった。ダムができるときに10万円もらったけどな」
 かけがえのないものをお金に換えてしまったということでしょうか。ダム問題はあまりにも多面的に渡るので、その是非はここでは言いませんが、ダムがあると、一度台風などで増水して濁ってしまうと、その後もなかなか取れません。ダムのない櫛田本流と5km上流に蓮ダムを持つ蓮川とはその象徴とも言えるもので、見ていて痛ましいです。
 ところで、蓮川が本流の櫛田川を合わせてまもなく、小歩危チックな「滝」があります。初めは下ろうかと考えていたのですが、フネが下れる状態ではないし、ここまで悪いことが重なると、これは下るなというサインのように受け取れたので、次回訪問時にチャレンジすることにしました。

ススキのシーズン
不気味に聳え立つ蓮ダム
リンクスが沈み込みました。初め沈したかと思いました。
写真左の岩の手前でスタック。ここでパドルが折れました。
鉄杭のある瀬。ここでリンクス大怪我!
唐谷川との出合いで確認
数年に一度のイベントが一気に起こったという感じ。
堰堤。ここにラナ乗せたままフネを流してしまいました。
こんなところから降りるからフネを流すんですよね。
沈下橋くぐり。ギリギリでした。
出合いの滝。えげつない落差と角度でした。
2004年10月31日(日)
71 衰微(奈良吉野川12)

水位:1.59m(五條) 気温:18℃(五條) 天気:曇り
区間:梁瀬橋〜天理教下 メンバー:ソロ

 30日夕方から再び降雨。強い雨だったのでテントは張らず、クルマで寝ました。クソ寒いテントと違って、こっちならまだまだいけるかなという感じ。
 早朝、櫛田川に向かう予定でしたが、同行する予定だったKROさん、Tetsuさんのいずれも来られなくなったため、回送に時間がかかりそうなこと(チャリ持って来てませんでした)、櫛田がかなり増水していたこと(田引:0.6m)から、結局奈良吉野にとどまって漕ぐことにしました。幸いにも、天気は何とか持ちこたえそう。やっぱり同行者が影響するのかな…(笑)。
 久々の単独行となりましたが、おなじみのパドラーズカフェのメンバーやアッパー蓮川を下ったときのメンバーと出会ったり、また去年と違って、1.6m程度の水位なら慣れてしまっているので、緊張感はまったくといっていいほど湧いてきません。
 天理教下にクルマを停め、徒歩で梁瀬橋まで向かいます。このとき気づいたのですが、お尻から太腿にかけて筋肉痛になっていました。昨日の回送時に走ったのが原因ですね。そういえば昨日は走って5分も経たないうちに心臓が痛くなりました。カヌーやって上半身は強くなってるけど、あまり使う機会のない心肺や下半身は年相応に衰えているなあと、ちょっと哀しくなってしまいました。
 距離にして5kmを、1時間強でたどり着き、スタートは11時過ぎ。水は昨日よりも渋そうな抹茶色。増水してさらに流れが速く、強くなっており、この水位だとヤナの瀬やカルディアの瀬の付近は一つに繋がってしまっています。というわけで、ゴールの天理教下まで40分足らずで着いてしまいました。
 その後、ゴール地点にて、とある方と犬のことについてしばらく話をする機会があったのですが、帰途についた後も今後のことについて色々考えさせられました。
 こうやってラナと一緒に川に出られるのは果たしていつまでなんでしょう。必ず訪れる、それができなくなる日を受け入れられるんでしょうか。…なんて、今考えても答えが出るはずもないし、考えるだけムダなんですけどね。とりあえず今できることはといえば、長くとも10年に満たない近い将来起こるであろうその日までの限られた時間を、ラナとめいっぱい楽しむことなんでしょうね。

ツーリング記録を時系列で載せています。中でもとくにネタになりそうなものは、「川下りレポート(総括編)」に載せます。
vol.8
トップページに戻る
ページのトップに戻る
index
vol.1
vol.2
vol.3
vol.4
vol.5
vol.6
vol.7
vol.8
vol.9
inserted by FC2 system